日像上人の足跡をたずねて

日像上人の足跡をたずねて

日像上人の霊蹟、由緒の地の巡礼記

わが家の菩提寺:金龍山妙國寺(福井県越前市)

わが家は代々の日蓮宗檀信徒でしたが父の代より福井県をはなれ、季節ごとのお寺の行事にはほとんど参加せず、年ごとの檀家割り当て金をお納めし、家族のだれかがお盆の法要に参加する、という、いわゆる葬式仏教徒の一歩手前の、あまり信仰心のない家にそだちました。

 

なぜ突然、日像上人の由緒の地への参拝を思い立ったかについては、今年(2014年)の5月9日、10日に身延山へ弟のお骨を収めにいった時に体験したことがあるのですが、これについてはおいおい記述していこうと思います。

 

金龍山妙国寺山門

 

今回のエントリーは、わが家の菩提寺である、福井県武生(越前市)の金龍山妙國寺(妙国寺)。

(公式サイト)http://www.ttn.ne.jp/~hana/myoukokuji/index.html

 

日蓮宗のお寺は世襲になっているところが多いですが、このお寺は、福井県日蓮宗の長老格の方が交代で、ご自身のお寺を跡取りに委ねて晋山してくるという伝統があります。当代の“御前様”は、信行寺より晋山された花島常應上人さま。

 

 日像上人ゆかりのお寺をまわり始めてから気がついたのですが、このお寺の特徴は、境内にある建物としては本堂と庫裏があるだけで、祖師堂や、妙見さまを含む法華経擁護の神様たちをお祀りした境内摂社など、他の建物がひとつもないこと。そのかわり、本堂の中央祭壇の「ご本尊」の前面に配置された日蓮聖人像の左右には日朗上人(日蓮聖人の高弟「六老僧」のお一人)像、日像上人(日朗上人の弟子。日蓮聖人の孫弟子)像が配置され、また中央祭壇の右側には「三十番神堂」、左側には「鬼子母神・十羅刹女堂」があり、さらに「鬼子母神・十羅刹女」堂の左側に、ご本尊の三分の二ほどの体積の、たいへんりっぱな妙見堂が安置されています。

 

北辰妙見大菩薩は学問の神様で、かつて壇林(=日蓮宗のお坊さんの養成学校)が設置されていたお寺でお祭りされていることが多いそうです。妙國寺もかつて金龍教林と呼ばれ、30人ちかいお坊さんが修行に励んでいたそうで、その名残なのでしょうね。

 妙國寺のほかには、まだ7ヶ寺しか回っていないのですが、これらの法華経守護の神様・女神様たちのお祀りの方法には、お寺ごとに、それぞれ独特なものがあります。これらの神様たちをお祀りしたり、しなかったり、あるいはどのようにお祀りするかなどは、それぞれ日蓮宗の教義や習俗上の根拠があるようで、妙國寺が、妙見さまを盛大にお祀りする一方で、七面天女をお祀りしない(ようにみえる)のには、それなりの理由やいきさつがあるものと思われます。こんどお参りした機会にでもおうかがいして、いずれ報告したいと思います。

 

 

 

金龍山妙国寺御首題 20031012

前武生 金龍山妙國寺(妙国寺)御首題(ご朱印 

 

 この「御首題」(=日蓮宗寺院でさずける、檀信徒むけのご朱印のこと)は、お参りして授かったものではなく、10年以上まえに、「日蓮宗立教開宗七百五十年慶讃」の記念品として、妙國寺よりいただいた「御首題帳」の最初に記されてあったものです。

 

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下記は、平成27(2015)年8月10日、「戦没者の読経並に銅像法要」、「盂蘭盆会法要」に参詣した時にいただいた御朱印です。(2015.8.14補記)

金龍山妙国寺御朱印 20150810前武生 金龍山妙國寺(妙国寺)御首題(ご朱印)その2